
出始めと この一ヶ月目に
提携農家の方と
炊飯した味について
立ち話ですが質問されます
米を生産するもの
米を炊飯するもの
「御客様 味どっけだ~」
湯沢弁で 御客様は米の味
なんておっしゃっていますか?
「んまがってるすけ」
美味しいと言って頂いてます
そんな会話の最中の写真
お米の味は 産地は前提とし
洗米~着水~漬け置き~
炊飯の温度~蒸らし です
今年の米のBEST工程の時間
を話し合いながら毎週仕入れ
今年の米は蒸らしは何分だね
なんて わかったような事を
おやっさんに言って談義します
おやっさん お元気でいてね
厨房では黙々と魚をさばき
社員休憩部屋では
話題豊富なムードメーカー
冬場は除雪車にも乗れる
万能な雪国の男
武蔵野の調理学校で学び
越後湯沢にて地元食材を
探求する 生粋の和職人
自宅にはMYたんぼを持ち
兼業板さんでございます
可愛いお嬢様と
やさしい奥様に囲まれた
優しい父親でもあります
春夏秋冬
毎朝6時出社で
仕込みと盛り付けに
手づくりにこだわる
奥湯沢 山里料理の味を
守る 味守り人
趣味:運転
好物:日本酒
来館の際には
是非お声掛けを
お願いいたします
若手の板前さん
下ごしらえを板長に学び
もう5年以上の経験
彼の作るご馳走は
社員用の朝昼晩の料理
寡黙な男ですが
包丁さばきは板長クラス
作る料理のお蔭にて
私の体は増幅中
高校時代は国体に出る
スキーの選手でした
お子さん2人に囲まれた
若夫婦でイクメンでもある
お父さんが料理人という
羨ましい子供達が
お母さんに連れられて
貝掛の風呂につかります
将来の板長になるべく
先輩方と切磋琢磨中
表には出て参りませんが
彼の情熱ある下ごしらえ
に舌鼓してくださいませ
十日町(とおかまち)が今年はホスト町で開催された 南魚沼会議
新潟の土地と食と観光がテーマの地元がんばろうぜ会議
その1コマの分科会で「山崎まゆみ」さんを講師に迎えた「湯治会議」
「湯治」(とうじ)を「湯治」(ゆぢ)と読み間違える方が増える昨今
「湯治」を改めて学んで観光の未来に繋げていこう というテーマ
山崎さんは日本のみならず 全国の温泉地を旅して実際に入浴する
温泉博士でもあります 若くて明るくメディア向けに発信するイメージの
方が多いかもしれませんが 実態は物凄い知識の湯治伝道師
堅い本から入門編の本まで 多彩に温泉入浴を伝えてくれます
↑ はアイスランドの温泉地の紹介
仕事帰りに18時頃から21時頃まで水着着て入浴しながら酒を呑む
温泉大国の日本はスーツで居酒屋 異なる呑ミニケーション
各国とも楽しみながらの入浴は変わりませんですね
![]()
安売りの限界に来ている一般旅館やホテルの苦悩
温泉旅の本質である「湯治」の魅力を再発見する機会となった
素晴らしい講演でした 次世代を担う若手のパネラーも
高度成長の親父の時代から実直に頑なに続けた御祖父さんの
時代に回帰した宿経営・町復興に意欲をみせ 感動した
個人的見解ですが 「湯治」は歴史
「売り方上手」的な発想で「湯治」を語ってはいけないと思う
もともと?湯治場に伝わる言葉で
「湯舟以上の宿をつくるべからず」とある
様々な意訳があるが 湯量以上の湯舟を作ってはいけない
湯舟に入りきらない客室を作ってはいけない と私は理解する
その時代々々で宿のスタイルは変化しても湯治は不変
日本が世界に誇れる日本の温泉を貫いていきたい
新潟弁でハキハキ話す
この道30年以上の
ベテランの接客姿
20歳以上の男2人の
良きお母さんでもある
佐渡の旅館や新潟市
の大旅館の経験があり
とにかく動き回る模範的
な接客は背中で教える
実践タイプのお姉さん
きゃしゃな体で
数々の和皿をホイホイと
担いで運びます
貝掛で転職生活は終了
貝掛に来て良かった
が彼女の口ぐせ
好物:ケーキ 若い男
苦手:肉料理
来館の際には
是非お声掛けを
お願いいたします
右が尊敬する会長
左が大好きな女将
貝掛の先代なき後
宮城県の親戚のよう
に慕わせて頂いて
おります昭和50年の
日本秘湯を守る会
誕生の時に
先代とも共に汗を
流したそうです
則子女将は私を下の名前で呼ぶ 唯一の女将さんで 会社を続けていく「心」を
いつも教えて頂き 心が折れそうな時 バシッと勇気付けてくれる強い女性です
会場は結婚式さながら
で六代目は紋付で登場
金屏風を背に経営方針
の発表もされました
「大丸あすなろ荘」
「鶴の湯」「岩の湯」
「法師温泉」など
秘湯の会の役員さんも
勢ぞろいの会でした
席では「大丸温泉旅館」
の大高さんと楽しく会食
会の仲間のお祝い事に
各お宿が総出で集まる
貴重な「つながり」です
岐阜の長座の親方も
駆けつけておりました
代替りを各宿が祝うこと
それは各宿が自館に
置き換えて感じる
一種独特の山の宿の
代替りの難しさを表す
象徴的な祝賀会かも
しれません
次世代に宿を「つなげた」
僕が「やるしかないんだ」
そんな親子のバトンを
六代目もやがて七代目へ
経営のやり方は異なれど
山での思いは同じ
今日も明日も同じような
悩みを抱えながら
同じ標高で思案が続く
共に頑張り抜こう!
←同じ年の「ヒロ」
峩ヶの6代目として
更なる活躍を!
会終了後に峩ヶ温泉へ
思えば宮城県は2回目
1回目も峩ヶでした
牛タン屋を横目に直行
仙台の街を足早に峩ヶへ
堂々の峩ヶたる岩に
囲まれた峩ヶ温泉は
変わらず素敵な雰囲気
建物は変わっても
温泉は変わりません
6代目の想いが凝縮す
るこの場所で峩ヶの
湯治文化が継承される
当たり前のようで
当たり前にいかない
親子のバトンタッチに
立ち会えて光栄でした
これからも
困ったとき 相談に
困るまえに 相談を
お互いできる「つながり」
でありたいと思います
おめでとう 峩ヶ温泉
ありがとうございました
昔の貝掛の帳場といえば
入浴の御料金を頂戴する場
でしたが 今日では宿泊の
予約受付から社員の連携まで
幅広い業務となりました
前職はS建設の有望な現場監督
奥様の実家が新潟で転居
そして出会ったのが ここ貝掛
貝掛に来てよかった
御客様にも 自分にも そう思える
職場つくりに奔走中
貝掛の仕事精神 粋 を継承し
頑張る3人の娘さんを
抱えるお父さんでもあります
子供達がお父さんに会いに
貝掛に来る時の父親に戻る顔が
なんとも ほのぼの
五代目の期待という重圧を背に
社員を束ねる番頭という職務
目立たぬ存在だからこその
安定感・安心感のある番頭さん
貝掛温泉を守り続けるため
歴代番頭の影の活躍があります
好物:ビール
来館の際には
是非お声掛けをお願いします
長座の小瀬さんの次男さんが
立ち上げた素敵な宿
福地温泉の世界観が表現され
若手の新しい発想が随所に
長廊下の配置など 設計に
こだわった福地温泉ならでわ
地域によって 梁(はり)の
差し方や見せ方が異なります
木造にステンドグラスの組合せ
など 越後湯沢には無い文化が
とても勉強になりました
秘湯めぐりのご参考に
赤く色づいて欲しかったの
ですが 今年は黄色なのね
山に入っては 素敵な樹木
をみつけて じわじわと宿に
移動させています
(当然 貝掛の敷地内移動)
残す自然と 御客様に魅せ
たい自然を熟考しています
最近の若い方は 自然に
興味はあるものの 疲れず
衣服が汚れない程度で
楽しみたい方が多いので
そろそろ冬支度
町では消雪パイプの試運転
が始まり道路は濡れてます
落ち葉をホウキで掃いて
落ち葉焚き
煙の先を見上げると
イワシ雲
素敵な秋の貝掛の季節
紅葉から雪の季節へ移り行く
我が町の越後湯沢も登場
日経ビジネスは親父の影響で
いまだに年間購読してます
特集も見ながら 改めて新潟は
長い県でございます
北は山形 南は長野 の県境
越後湯沢から新潟駅までと
越後湯沢から大宮駅までが
同じぐらいの距離があります
縦長の県のため 新潟県民は
新潟北部は山形・福島と
新潟南部は長野・富山と
お付き合いが深く観光に行く
我が町中部は三国峠谷川連峰が
厳しく意外に群馬へ行きません
新潟に行った!といっても
気候が随分異なります
←雪見露天の貝掛温泉が
湯沢町の代表で載ってます
冬は貝掛坂と貝掛橋が心配
といわれますが 毎日大きな
宅急便の車が往復しており
除雪もバッチリですので
ご安心してお越しください
意外にありそうでない
雪見露天をお楽しみください
雪を頭に乗せながら入浴を
今朝の日経新聞には
秘湯の会の仲間宿 峩ヶ温泉
さんが特集されていました
冬は湯治の季節 楽しみですね
峩ヶの六代目にもてなして
頂いた芋鍋が載っておりました
今週は その峩ヶ温泉さんの
五代目主人の会長就任と古稀
の祝賀会に仙台に訪問します
峩ヶ温泉さんとは縁が深く
先代からの交流で 日本秘湯を
守る会の発足時からお付き合い
同い年の六代目さんが
いよいよ社長になられるようです
ご祝儀持参して仙台へ
行って参ります