
温泉の温度別の紹介で掲載
流石に交通新聞社様の取材
群馬の大御所 法師さんから
岩手の国見さんや秋田の縦峰苑さん
など 知る人ぞ知る御宿まで網羅
無料で御掲載いただき感謝感謝
田舎の一軒宿にスポットを当てて
頂きありがとうございます
いわて花巻空港や東北新幹線の北上駅から
栗駒国定公園内にある 名湯
山道を走り続けると終点がこの玄関口
アイヌ語の「グットオー」=崖の湯 が語源で
夏湯から夏油へ 源泉が高温で油が煮え立
っているように見えるから夏油へとのこと
従業員さんも そして 迎え入れてくれた
女将さんや専務さんも 久々に会った親族の
ように対応頂き 感激しました
事務所でおしゃべりし お風呂を頂き
なんと御膳まで 本当に親族みたいです 申し訳ありませんでした
川の近くのお風呂があるのは 昔からある証拠で 現在では許可が下りません
浴槽の画像は皆様が訪問されてからの お楽しみに
日頃 ぬる湯に入っているせいか 体が高温消毒されたようでした
貝掛も不便ですが 夏油さんのご苦労も察します
この景色を見ながらの露天風呂 格別でした
日本秘湯を守る会について ご存知無い方が多いと
ぞんじますので 改めてご紹介させて頂きます
会の発足は昭和50年4月 ㈱朝日旅行の創設者の
岩木一二三様(平成13年没)が 当初は「秘湯を歩く会」
を企画発足され(昭和47年頃) 朝日旅行会(現/朝日旅行)
の社長自ら歩き訪ねた宿をコースにした会員制旅行のようでした
当時は高度経済成長の時代 観光地の宿は欧米に習い
近代ホテル化へ まっしぐらで 秘湯を守るなんて時代の
逆行だと思われていたようです
そもそも 秘湯という言葉は 岩木様の造語のようです
昭和50年4月 「秘湯を歩く会」でコース化されていた宿の
33軒が岩木社長の号令のもと集結し 「日本秘湯を守る会」が
誕生しました
創立総会は今もある 上野精養軒で 33軒の宿
■順不同■当時の屋号■敬省略 にて記載
猿倉温泉・国見温泉石塚旅館・夏油温泉ホテル・須川高原温泉
峩々温泉・新高湯吾妻屋・銀山温泉能登屋・川上温泉・幕川温泉
吉倉屋・塩沢温泉湯川荘・二岐温泉大丸屋・奥甲子温泉大黒屋
湯の花温泉清滝・奥鬼怒八丁の湯・手白沢・奥塩原温泉下藤屋
尻焼温泉関晴館別館・湯の平温泉松泉閣・八ヶ岳本沢温泉
崖の湯温泉薬師平ホテル・中房温泉・地獄谷温泉後楽館
仙仁温泉岩の湯・七味温泉ホテル・鹿塩温泉山塩館・蓮華温泉
駒の湯山荘・中宮温泉にしやま・清津峡温泉清津館・名剣温泉
梶山新湯雨飾山荘・法師温泉長寿館 そして 貝掛温泉
初代会長は 法師さん 副会長は現会長の二岐温泉の佐藤様と
名剣さん 理事として峩々温泉と貝掛温泉などが選出されました
当時は業界紙のみの話題の取り上げにとどまりましたが 昭和52
年9月の会員宿の紹介本が創刊され 昭和58年に恒例のスタンプ帳
が配布開始され 今日に至り 現在は全国で200件程の会として
年に一回 全国から集結して総会が行われる大所帯となりました
最近は弊宿のように世代交代が進み また新規会員が増えるとともに
喜ばしい限りですが 秘湯の会の歴史が軽んじられる恐れを危惧される
声を総会では耳にします 大女将から「日本秘湯を守る会」は心の組織で
各お宿さんとは心で繋がっている みんな場所は違えど似た苦労と不安
そして 同じような事で笑顔になっているんだと
私には秘湯の会も語れる歳ではありません ただ六代目へと経営を永続
させること 源泉を守り続ける湯守でいることが現在の主眼です
勉強に秘湯の会の宿へ訪問すると 親戚のように家族のように迎えてくれる
経験を 繋げて行きたい考える日々です
最近のゴルフ人気の影響か 近隣のゴルフ場から
ゴルフの格好のまま 当館にお越しになる若年の
お客様が増えております
サンバイザーはヨネックス 遼君効果ですね
実は 遼君が購入したゴルフ特訓用の別荘が
我が 湯沢町にございます 記念館を作るという話題
が スポーツ新聞で載ったようですね
温泉とゴルフ 贅沢な組合せですが実現できるよう
貝掛は考えました 運転手役の方が お酒を飲める
ように 着替える時間を短縮できるように・・。
貝掛「ゴルフ無料送迎プラン」をHPのプランで登録して
ございます
貝掛まで 一度 お車でお越し頂いて ゴルフ場の
送迎車で向かいます 当然 帰館の送迎も
秋の紅葉の山岳コースは 都会の方にも 感動の
シュチュエーションです
ゴルフ場は ゴールド越後湯沢CC お奨めです